篠塚怜音

篠塚怜音です。
よろしくお願いします。
12月14日のサンフレッチェ広島戦で静岡学園サッカー部を引退した。
静岡で過ごした高校3年間は本当にあっという間でとても濃い生活を送ることができた。
中学2年の時、静学と青森山田の選手権決勝をYouTubeで見て「こんなサッカーできたら楽しいだろうな」と思ったのが静学に興味を持つきっかけだった。
そこから何回も何回もその動画を見て、第100回の選手権も静学の試合は全部観に行った。中学3年になる頃には「高校は静学に行く」という意志を固めていたと思う。その意志をジェフの監督に伝え、何度も話し合った。あの時、自分の気持ちを理解し「頑張ってこい」と送り出してくださった監督、コーチ、スタッフの方にはとても感謝している。その後、練習参加を経て静岡学園に入学することが決まった。
3年間のことを全部書くと長くなりすぎてしまうので2、3年のことを主に書きたいと思う。
2年の最初はすごく苦しかった。
Aチームには入れたけれど試合に出るどころかベンチにも入れない期間が長くあった。その期間は何をやってもうまくいかず、本当に一回サッカーから離れようかと悩んだ。ずっとサッカーやってきて、初めてそんな気持ちになった。この時、1番自分の支えになってたのは家族と3年生だ。
親には毎日電話してしまったし、3年生にはチームが勝てない状況の中、相談にも乗ってもらった。そのおかげで頑張り続けることができた。
この期間は、うまくいかないなりにがむしゃらに頑張った。練習も必ず120%でやって日常生活も見直した。周りから何か言われても「夏までにはAで試合に出れるようにする」と自分の中で決めて、それに向けて努力した。
辛い期間を経て、試合に出れるようになり、選手権で活躍できたことも、この時期の頑張りがあったからだと言いきれる。自分がうまくいかない時にどれだけ自分と向き合って頑張れるかが大事だとわかった。
夏以降はとにかく楽しくサッカーができた。プレミアもある程度結果が出て選手権予選も危なげなく突破できた。個人的にも結果も出てきて、選手権では予選と全国合わせて8試合で7ゴール決められた。静学スタイルの完成度も高く、中学の時に憧れていた「静学のサッカー」の中に自分が入れたような気がしてとても楽しかった。唯一の心残りは、あのチームで国立に行けなかったこと、日本一を取れなかったこと。それでもあそこまで連れて行ってくれた3年生には感謝しかない。2年目は3年生のおかげで自分も大きく成長することができた。
3年目はとても悔いの残る年になった。
結果としては、プレミア降格、インハイ、選手権は県予選敗退。
1年間通して試合に勝つことができなかった。今年は2年の時とは違った悩みがあった。「試合に出てるけどチームとして、個人として全くうまくいかない」「キャプテンとしてチームを一つにしなければいけないのにうまくできない」この悩みと常に戦い続けた1年だった。
結局、最後の最後までチームを勝てるチームに変えることはできず、個人としてもなにもできないまま終わってしまった。先輩たちが残してくれたプレミアの舞台など、静学の歴史をより良いものにして後輩に繋ぐという自分たちの責任を果たせなかった。
今になって「もっとこうしてれば」という後悔が何十個も出てくる。
何よりも悔しいのは、3年間鍛えてくれた静学になにも恩返しできず終わってしまったことだ。
もう静学に対して何もできることはないのか。
そんなことはない。
僕がこれから成長して活躍することでいくらでも静学の価値を高めることはできる。恩返しすることができる。
3年目、静学の選手としてなにもできなかった。なにも残せなかった。
ここから「静学の選手」として何ができるか。大学で成長してプロになって活躍する。
サッカーでも、サッカー以外のところでも静学の価値を高められるような人になる。
それが自分の責任だ。
僕は3年間、静岡学園でサッカーをやって静学が大好きになった。良い経験、苦しい経験、全て含めて静学に来て良かったと言い切れる。
「日々の積み重ね」
これが静岡学園での1番の大きな学び。
サッカーでは、毎日の練習、毎日の生活、すべてが試合に表れる。目標を達成するためには、
何かを犠牲にしてでもその目標に向かって、日々自分で考えて行動しなければいけない。
自分は目標を達成するために、これからも毎日毎日努力し続ける。そして必ずプロになってその先のもっと大きな目標も達成する。
3年間ありがとうございました。
篠塚怜音
ジェフ千葉U-15ー静岡学園高校ー神奈川大学


