瀧優斗

「夢」

瀧優斗です。
長く拙い文章かもしれませんが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

小さい頃、親父が選手権で全国に出れなかった話を聞き、選手権に対して興味を持っていました。正月にテレビで見る選手権は輝いていて、いつのまにか選手権に出たいと思うようになりました。もちろん、静学が優勝した瞬間もテレビで見ていて、憧れたのを覚えています。

中学3年の夏に、静学に進学することを決めました。そこから入寮するまで、すぐに活躍すると自信を持って過ごしていました。しかし、その自信は練習に入り出してすぐに打ち壊されました。
レベルの高さについていけず、試合にもほぼ出ることができませんでした。

思い返すと、静岡での1年目は本当に苦しい時間を過ごしたと思います。
夢を諦めた時もありました。
何度もサッカーを辞めようと思いました。
でも、応援してくれる人、支えてくれる人達の存在のおかげで僕は苦しい時間を耐えれました。

2年生はBチームで多くの試合に出させてもらい、個人として成長を感じれました。
そして選手権の全国メンバーに入ることができましたが、夢の舞台には立てませんでした。

3年生では初めてAチームでの出場機会を新人戦、インハイ、プレミアと積み重ねて順調に進めているように感じていました。このままの調子で選手権に絶対出ると意気込んでいました。
しかし、8月末に大きな壁が待っていました。

左手舟状骨骨折。

土井先生の前で泣き崩れました。
約3ヶ月間、痛みを抱えながらプレーをしていた自覚はありましたが、まさか骨折を抱えていたとは思いもしませんでした。
悔しくて、辛くて、苦しくて、何が起きているのか理解できなくて、現実を信じれませんでした。

そこからの日々は、仲間が全国に連れてってくれると信じて、自分のやるべきことに集中するように自分に言い聞かせ続けました。
あの時期を乗り越えれたのは、送迎をしていただいた興龍さんなどスタッフの方々、船崎さんなどトレーナーの方々、他にも多くの方にお世話になりました。本当に感謝しかありません。

そして同じ時期に大怪我をしていた、あゆと、ゆうせい、山縣、みんなで支え合い、1人ならとても苦しいはずの時間を熱く濃いものにできました。
ほんまにありがとう。

僕が18年生きてきた中での最大の夢は選手権で優勝する事でした。
その夢は叶いませんでしたが後悔はありません。次の夢こそ絶対に叶えます。
必ずプロになります。
僕の夢への道のりはサッカー人生が終わるまでずっと続きます。
壁に何回もぶつかって、それを何回も乗り越える。そうやって成長し続けます。
静学で過ごして学んだこと全てを胸に刻み、これからの人生を歩んでいきます。

夢を叶え続ける姿を見せて、家族、親戚、友達、スタッフの方々などたくさんの人達に恩を返したいです。
そして多くの人に夢と元気を与えられるプロサッカー選手になります。

静岡ではここでは書き表せられないほど多くの方々にお世話になりました。
その全ての方々に感謝を伝えたいです。
本当にありがとうございました。

そして最高の仲間とサッカーができてめっちゃ楽しかったです。
谷田での日常と色んな時間を共にした仲間は僕の一生の宝物です。
みんなが大好きです。

僕は静学で3年間過ごすことが出来て幸せでした。

瀧優斗
セレッソ大阪U-15−静岡学園高校−京都産業大学

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