喜多壮佑

喜多壮佑です。
静岡学園での6年間をまとめました。
よろしくお願いします。

中学の3年間はとにかく全中で日本一になりたい。その一心だった。しかし、全国大会の開会式でメンバーから外された。悔しかったが、そこで絶対高校で活躍してプロになる。そう強く思うようになり、高校生活に入った。

高校1年は1年の中の一番下でやっていた。それでも2.3年になった時に上でプレー出来るように全く腐ることなく、どんな時でも明るく声を出し、自分のキャラクターを出してプレーしていた。

高校2年も一番下のEチームだった。思っていることとか評価に対する態度が表に出ることが多くて、公式戦も自分が出てない時は全く声を出さなかったし、負けて欲しいとも思っていて、サッカーだけでなく人間性も腐っていた。

高校3年は6年間の中でも圧倒的に濃く、人間的にもサッカー的にも大きく成長出来た1年間だった。新チームが始まった時はCチームだった。そこから何とか新Bチームに入れるかどうかのところまで来た。しかし、やってみたら全然やれずCチームに落ちた。
でも前期でCのスタメンで出続けて必ずBチームに上がり、Aチームに滑り込んでやろうと思っていた。だが開幕の週にスタメン落ちをした。
絶望したが2節で出場出来るチャンスが来た。何も出来なかった。そこから出場機会が無くなり、気づけばCチームの声出し係になっていた。後輩しかいないチームでの声出し係は本当に屈辱的だった。それでも声出し係が不貞腐れてたら何の価値もない。そう思って自分の役割を全うし続けた。

前期のリーグには悪夢の2節目以降出場することが出来なかったが、夏前にスタメンになり、夏明けに運良くBチームに上がることが出来た。

Bチームでの練習は毎日ついて行くので必死だった。でも、毎日上手くなっていく実感があって最高の日々だった。同時に全然プリンスリーグに出れるレベルじゃないことに気づかされた。チームとしても上手くいかず、4連敗で中断することになった。そこから毎日全員で練習前、練習後にミーティングをして自分達で何が足りないか話し合うようになった。練習も逃げ出したくなるようなキツイ走りが週に2.3回あった。それでもチームの仲間で盛り上げあって乗り越えることが出来た。こんなに仲間の大切さを気づけたのは初めてだった。絶対最後3連勝して引退したかったし、絶対3連勝出来ると思っていた。結果は3連敗。自分も出場出来ず引退することになった。

この6年間自分がやってきた取り組みに対して後悔は全くない。でも、結果を出すことが出来なくて、足りなかったんだと思う。

全中の全国メンバーに開会式で落とされた時、高校一、二年の時一生下のカテゴリーだった時、高校三年で一年間一度もスタメンでリーグに出れなかった日々。その全てが自分を強くしてくれた。そのおかげでへこたれない心を持つことが出来た。静岡学園に来てサッカーが大好きになった。本当に成長出来たし、感謝しかない。

まだプロサッカー選手になるとういう目標を諦めていない。必ず大学の4年間で結果を出してプロになる。

最後に6年間を5 7 5で表して終わりたいと思います。

インテリジェンス
みがきにみがいて
でこぴかり

ありがとうございました。

喜多壮佑
静岡学園中学−静岡学園高校−龍谷大学

目次