豊田葉清

豊田葉清です。
よろしくお願いします。
この中高6年間は本当に挫折という名の素晴らしい経験の繰り返しでした。
中学3年の時、全中決勝で開誠館に負けて2位というとても悔しい経験をしました。
この経験を胸に高校ではひっくり返してやろうと言う気持ちで高校に進みました。しかし、高入生はみんな、上手い、速い、など今まで見た事も無いようなレベルに正直圧倒されました。自分が小さい頃に静学のサッカーを見て憧れていた気持ちが蘇りました。しかし、何とか食らいついていこうとしましたが、ルーキーリーグやニューバランスカップのメンバーなどには入れませんでした。しかし夏前にCチームに上げてもらえました。
そこで初めて北川さんと出会いました。
一番初めの練習で先輩の強烈なシュートが顔に当たり、結構痛かったのですが、何事も無かったかのように次のプレーが始まった時は衝撃でした。この期間先輩の偉大さを実感しました。
最も大きかったのは、清水桜ヶ丘戦です。当時、県総体準優勝で、そんな相手に先制されるも、逆転勝利しました。嬉しいと同時に、自分の無力さと、このカテゴリーに居させてもらっていることに負い目を感じました。そして今でも忘れられない夏の大会が来ます。先輩のお陰で決勝まで来て、相手は昌平です。
3点先に取られたが、2点まで追い詰めてきたとこで、残り少ない中、センターバックで出場しました。しかし自分の連続ミスのせいで4失点目をしてしまい、負けてしまいました。悔しいとかのレベルではなく、何も考えられませんでした。そして、その日の帰りに1年生チームに戻るように言われました。1年生チームに戻っても上手くいかないまま、新チームが始まりました。
Dチームでリーグ戦が始まり、4節の開誠館戦で、競り合いのジャンプの着地と同時に膝を捻ってしまいました。そのまま交代し、後日病院に行ったらまさかの前十字靭帯断裂でした。衝撃すぎて涙も出ませんでした。しかし次の日も普通に学校に行って普通に過ごしました。なんなら長い期間休めるという少し安心感さえもありました。正直あの時の自分は不貞腐れていました。怪我の連絡をした帰り道に北川さんから「復帰して谷田で待ってる」とメールが来ました。正直もう見限られたと思っていたので、そんな北川さんからメールが来て、はっとしました。「こんなことしてる場合じゃない」と。そして地元の接骨院の先生に聞いたり、や自分でも調べたりして、1日でも早く復帰出来るように取り掛かりました。しかしこのリハビリの10ヶ月間ずっと前向きにいられたわけではありませんでした。当時、自分が怪我せず続けていたら、おそらくそのまま楽しくサッカーして途中で引退して勉強に切り替えるというのがぼんやりありました。しかし、この10ヶ月沢山の考える時間ありました。その期間、怪我を言い訳にしたらいくらでも妥協できる、けど本当にそれでいいのかなと沢山悩みました。そして「上のカテゴリーを目指して最後までなんとしてでもやり抜く」と覚悟を決めました。そしてリハビリを続け復帰することが出来ました。
そして高3になり、自分はBチームでプリンスリーグという素晴らしいリーグでプレーすることが出来ます。これは歴代の先輩方が積み上げてきてくれたおかげです。富士市戦で相手の1年生にボコボコにされたり、半月板の手術で2ヶ月程離脱などもありましたが、なんとかリーグに絡むことが出来ました。そして夏にBチームの半分くらいがAに上がりました。すると、後期負けが続きました。残り3試合というところで、後期のキャプテンは2年の飯尾中心に回していたが、明確には決まっておらず、ちゃんと決めることになりました。話し合いで最初は飯尾にしようとなったが、それでいいのかという思いもありました。これまで2年生が多く、2年生に頼りきりでした。そんな状況を変えるラストチャンスでした。思い切って立候補してみた。するとみんなが支えると言ってくれました。自分には自信はなかったが、試合では後ろには瀧もいるし、大島や小山、喜多など3年生のみんなもサポートすると言ってくれたし、頑張ろうと決意しました。残り3試合、みんなで本当に頑張りました。しかし結果は3敗でした。いい練習もできていたし、走りなどもみんなで声をかけ合いやりきりました。しかし結果は着いてきませんでした。正直、何がダメだったのあまり分かっていないのか本当のところです。ただこれが勝負の世界だと痛感しました。
僕はこの6年間で沢山の挫折を繰り返しでありながら、仲間や指導者そして家族に支えられながら何とか6年走り抜くことができました。苦しい事も辛い事が経験出来るのも挑戦した結果であり、また挑戦できる環境があるのも当たり前ではありません。このような環境でサッカー出来たことに感謝しています。
僕は将来、患者さんを勇気づけられる理学療法士を目指しています。この静学での経験を活かし、また大学でも沢山勉強してこの夢を叶えられるように頑張ります。
本当6年間ありがとうございました。
豊田葉清
静岡学園中学−静岡学園高校−帝京平成大学


